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横浜地方裁判所 平成6年(行ウ)18号 判決 1997年6月25日

横浜市金沢区並木二丁目三番一-八〇二号

原告

西村光弘

横浜市金沢区並木三丁目二番九号

被告

横浜南税務署長 小野寺愼悟

右被告指定代理人

浜秀樹

渡辺進

加藤正一

菅野勝雄

庄子衛

黒子雅則

主文

一  被告が原告に対して平成三年七月五日付けでした平成二年分の所得税の更正処分の取消しを求める訴えのうち、総所得金額八八九万三〇〇〇円、分離課税の長期譲渡所得金額二四二九万七八五一円、納付すべき税額五一〇万九五〇〇円以下の部分の取消しを求める訴えを却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対して平成三年七月五日付けでした平成二年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告が原告に対してした平成二年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分に違法があるとして、その取消しが求められている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、株式会社モナ(以下「モナ」という。)の代表取締役を務めており、モナの借入債務につき、物上保証ないし連帯保証をしていた。すなわち、原告所有に係る京都府舞鶴市大字浜小字浜六四二番四所在の宅地三二〇・九六平方メートル(以下「本件土地」という。)及び同所(六四二番地)所在家屋番号五五六番の木造二階建家屋(以下「本件建物」といい、本件土地と併せて「本件不動産」という。)には、昭和五三年六月二三日、神奈川県信用保証協会を権利とする根抵当権が、平成元年一〇月二七日、国民金融公庫を権利者とする根抵当権(極度額は四五〇〇万円と二〇〇〇万円で、いずれもモナを債務者とするもの)が、それぞれ設定されていた。また、原告はモナの横浜信用金庫本店との信用金庫取引及び三菱銀行横浜支店との銀行取引によって生じる各債務を連帯保証(いずれも根保証)していた。

2  原告は、平成二年四月一〇日、安達清司に対し、本件不動産を代金合計一億四五六三万五〇〇〇円で売り渡した。

3  原告は、平成三年三月一五日、総所得金額八八九万三〇〇〇円、租税特別措置法(平成三年法律代一六号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三一条所定の分離課税の長期譲渡所得金額を二四二九万七八五一円、納付すべき税額を五〇〇万四六〇〇円とする平成二年分の所得税の確定申告をした。また、平成三年六月五日には、総所得金額、分離課税の長期譲渡所得金額は右と同額、納付すべき税額を五一〇万九五〇〇円とする修正申告をした。

4  被告は、平成三年七月五日付けで、原告に対して、総所得金額を右各申告と同額、分離課税の長期譲渡所得金額を一億二八七二万六〇九二円、納付すべき税額を三〇四三万一六〇〇円とする平成二年分の所得税の更正処分、過少申告加算税の額を三五〇万六五〇〇円とする賦課決定処分をした(以上の申告、更正処分等の課税の経緯は別表記載のとおりである。以下、右更正処分を「本件更正処分」、右賦課決定処分を「本県賦課決定処分」という。)。

二  本件の争点と当事者の主張

本件の争点は、<1>本件不動産の譲渡に係る分離課税の長期譲渡所得金額の計算上、控除すべき譲渡費用の額はいくらか(以下「争点<1>」という。)、<2>右譲渡につき所得税法六四条二項が規定する保証債務を履行するために資産を譲渡した場合の課税の特例(以下「本件特例」という。)の適用があるか(以下「争点<2>」という。)という点にある。右の点等に関する当事者の主張は以下のとおりである。

1  課税の根拠について

(一) 被告の主張

(1) 本件不動産の譲渡に係る分離課税の長期譲渡所得金額は、次の<1>から、<2>ないし<4>の合計額を控除した一億三二二〇万九三八〇円である。

<1> 譲渡収入金額 一億四五六三万五〇〇〇円

前記一2の安達に対する譲渡金額である。

<2> 取得費 七二八万一七五〇円

本件土地は、大正一四年四月二三日に西村伊蔵が家督相続した後、昭和四一年一月九日に原告が伊蔵から相続により取得したものであるから、原告は、本件土地を昭和二七年一二月三一日以前から引き続き所有していたものとみなされる(措置法三一条三項)。また、本件建物は、昭和三五年一〇月一五日に伊蔵が所有権の保存登記を経た後、昭和四一年一月一九日に原告が伊蔵から相続により取得したものであるが、昭和二八年一月一日以降に取得した土地建物等の取得費の計算についても措置法三一条三項の規定に準じて計算しても差し支えないものとされている(租税特別措置法(山林所得・譲渡所得関係)の取扱いについて通達三一-五、ただし、平三課資三-二による改正前のもの)。したがって、本件不動産の取得費は、措置法三一条の五第一項の規定に基づき、本件不動産の譲渡価額一億四五六三万五〇〇〇円の一〇〇分の五に相当する七二八万一七五〇円となる。

<3> 譲渡費用 五一四万三八七〇円

以下の合計額である

仲介手数料 四五六万一八七〇円

収入印紙代 一〇万円

測量費 三四万五五〇〇円

登記費用 一三万六五〇〇円

<4> 特別控除額 一〇〇万円

措置法三一条四項所定の金額である。

(2) <1>前記(1)の長期譲渡所得一億三二二〇万九三八〇円に対して措置法三一条一項二号を適用した所定の税額は三一〇五万二二五〇円であり、<2>原告の総所得金額八八九万三〇〇〇円から所得控除の合計額一九七万九二五〇円(いずれも原告の修正申告額と同額)を控除した後の課税所得金額六九一万三〇〇〇円に対する所得税法八九条一項を適用した所定の税額は一一七万三〇〇〇円であるから、右<1><2>の各税額の合計から源泉徴収税額九二万三八〇〇円(原告が納付したもので、その修正申告額と同額)を控除すると、原告の納付すべき所得税額は三一三〇万二五〇〇円となる。

(3) 本件更正処分における総所得金額、分離課税の長期譲渡所得金額及び納付すべき所得税額は、いずれも(2)の金額の範囲内であるから、本件更正処分は適法である。

(4) 本件賦課決定処分は、本件更正処分により原告が新たに納付すべきこととなった税額二五三二万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満切捨て)に国税通則法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じた金額二五三万二〇〇〇円と、本件更正処分により原告が新たに納付すべきこととなった税額と前記修正申告により新たに納付すべきこととなった税額の合計額のうち、期限内申告税額相当額五九二万八四〇〇円を超える部分の税額一九四九万円(前同)に同法六五条二項の規定に基づき一〇〇分の五を乗じた金額九七万四五〇〇円とを合計した三五〇万六五〇〇円を賦課したものであるから適法である。

(二) 原告の主張

本件不動産の譲渡に係る分離課税の長期譲渡所得の金額の計算において、後記2(一)のとおり、支払利息四八万三二八八円、立退補償金三〇〇万円を譲渡費用として控除すべきである。また後記3(一)のとおり、原告は、本件不動産の売買代金をもって、モナの保証債務一億〇四四二万八二四一円を履行したところ、その求償権が行使不能となっているから、本件特例の適用により、右金額は譲渡収入金額から除外されるべきである。そうすると、長期譲渡所得金額は二四二九万七八五一円となって、原告の確定申告額、修正申告額と同額となる。

2  譲渡費用の額(争点<1>)について

(一) 原告の主張

以下の金額は、譲渡費用として、譲渡所得の計算上控除されるべきである。

(1) 支払利息 四八万三二八八円

原告は、本件不動産の売却の仲介等を臼井盛男に依頼したが、売買契約が締結され、代金の入金があるまでの間、臼井に東舞鶴信用金庫西舞鶴支店から同人名義で借入れを起こしてもらい、その融通を受けることとし、これもモナの債務の弁済等に充て、本件不動産の担保権設定登記の抹消登記手続をとった。そして、後日、本件不動産の売買代金の一部を臼井への右立替金の返済に充て、あわせて、臼井が負担した右借入金の利息相当額四八万三二八八円も返済して、精算した。そうすると、右利息相当額は、本件不動産の譲渡に要した費用とみるべきであるから、譲渡所得の金額の計算上控除されるべきである。

(2) 立退補償金 三〇〇万円

本件不動産の譲渡に当たり、原告は、長年、本件不動産に居住していた原告の姉西村ますゑに立ち退いてもらわざるを得なくなったため、ますゑに立退補償金三〇〇万円を支払った。これも、本件不動産の譲渡に要した費用とみるべきであるから、譲渡所得の金額の計算上控除されるべきである。

(二) 被告の主張

原告が譲渡費用に当たると主張する支払利息及び立退補償金は、以下の理由から、譲渡所得の金額の計算上控除すべき譲渡費用に該当しない。

まず、支払利息四八万三二八八円は、臼井盛男が東舞鶴信用金庫から借り入れた金員について、原告が融通を受けた上、これをモナに運転資金として貸し付けたことから、臼井が東舞鶴信用金庫に対し支払った利息のうち、原告が負担した金額である。しかし、これは、原告が臼井から借入れをしたことに伴い発生した費用であって、本件不動産を譲渡するために直接要した費用とは認められない。

次に、立退補償金三〇〇万円について、原告は、原告の生家である本件不動産に居住していた原告の姉西村ますゑに支払った立退料であると主張するが、仮に右金員授受の事実があったとしても、ますゑは、本件不動産の使用料を原告に支払っておらず、使用借権という客観的な交換価値のない脆弱な権利しか有していなかったのであるから、右金員は権利のない者に対して支払われた贈与とみるべきである。したがって、これも本件不動産を譲渡するために直接要した費用とは認められない。

3  本件特例の適用(争点<2>)について

(一) 原告の主張

(1) モナは、東南アジアの民工芸品、衣料品、雑貨等の輸入卸売業を営んでいたが、原告は、モナの業績が極度に悪化し、借入金の返済や運転資金の手当てが困難となり、倒産状態に陥っていたことから、原告が物上保証ないし連帯保証をしていたモナの借入金の代位弁済に充てるために、本件不動産を譲渡することとし、その売買代金をもって、モナの借入金合計一億〇四四二万八二四一円を返済した。なお、前記2(一)(1)のとおり、原告は、まず、臼井盛男より東舞鶴信用金庫から借り入れてもらった金員の融通を受けており、モナの借入金の返済は、一部これを原資として行っている。そして、本件不動産の売買代金の入金を得た段階で、臼井に融通を受けた金員及び利息相当額を返済して精算を終えている。

(2) モナは、平成二年二月当時、経営不振で、債務超過の状況が相当長期間にわたって継続し、多額の繰越欠損金を計上していたほか、金融機関の協力も得られず、期日に借入金の返済ができないなど、倒産状態であり、残された選択は、原告が本件不動産を処分してモナの借入金を代位弁済し、事業の再建を図るしかなかった。しかし、その後も、長年にわたって債務超過であったなどのこれまでのモナの状態からみて、原告が(1)の代位弁済により取得した求償権を行使しても、倒産状態になるのは時間の問題であり、これを行使することは不可能であった。このため、原告は、平成二年一二月二五日、モナに対する求償権一億〇四四二万八二四一円全額を放棄した。

モナが昭和五七年二月期(昭和五六年三月一日から昭和五七年二月末までの事業年度、以下同じようにいう。)以降、ほとんど赤字であることは別紙3の<14>欄記載のとおりであり、そのため、別紙3記載のとおり、年々多額の次期繰越損失を計上し、その額は平成元年二月期で四九六六万三三六五円にもなっていた。なお、右によれば、昭和六三年二月期から平成元年二月期にかけて、表面的には経常利益が出ているが、これは金融機関に示すための見せかけの数字にすぎない。

(3) 右のとおり、本件不動産の譲渡は、保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合に当たり、かつ、その履行に伴う求償権一億〇四四二万八二四一円を行使することができないこととなった場合に当たるから、右金額は分離課税の長期譲渡所得の計算上、収入金額から除外されるべきである。

(4) なお、被告は、モナの損益計算書上、原告に対する相当額の役員報酬の支払いが続いていたことをとらえて、モナが倒産の危機になった事実を否定している。しかし、モナが経営危機に陥ってから、原告は、役員報酬を額面どおりに受け取ることができず、所得税や社会保険料を控除した残余はモナの借受金(原告からの貸付金)に振り替えて処理していた。また、原告は、個人名義によるカードローン等の借入金をモナの事業資金に融通していたが、こうした借入枠を維持するためには、一定の役員報酬の支払いを受けていることが必要であったため、あえて役員報酬を減額する措置をとらなかった。相当額の役員報酬の支払いを続けていたことには、右のような理由があり、このことによってモナの危機的状況が否定されるものではない。

(二) 被告の主張

(1) 本件特例の適用が認められるためには、<1>資産の譲渡が保証債務の履行を余儀なくされたために行われたものであり、<2>資産の譲渡による収入が保証債務の履行に充てられたという牽連関係が認められ、かつ、<3>保証債務の履行に伴う求償権の全部又は一部の行使ができないこととなったことを要する。

(2) 本件不動産の売買代金及び右売却に先立って臼井盛男から送金された金員の使途は以下のとおりである。

ア 平成二年二月二七日に受領した一五八八万六九〇三円は横浜信用金庫の原告名義の普通預金口座に入金された後、翌二八日に三五万円が出金され、商工組合中央金庫のモナの取引口座に入金されるとともに、モナの帳簿上では、原告からの仮受金として経理処理されている。また、同じく、二月二八日には一五〇〇万円が出金され、モナの横浜信用金庫及び三菱銀行の当座預金口座に入金されるとともに、モナの帳簿上では、やはり原告からの仮受金として経理処理されている。

イ 平成二年三月二六日に受領した五〇〇万円は三菱銀行の原告名義の普通預金口座に入金された後、翌二七日に四九〇万円が振替出金され、同日、モナの当座預金口座に振替入金され、モナの帳簿上では、やはり原告からの仮受金として経理処理されている。

ウ 平成二年三月二八日に受領した一二四二万円は、振込依頼人をモナ、受取人を国民金融公庫として、東舞鶴信用金庫から横浜銀行本店に振込送金され、モナの右公庫からの借入金の返済に充てられている。

エ 平成二年三月二九日に受領した九〇三九万四二四一円のうち一一〇七万一二四一円は、横浜信用金庫のモナの当座預金口座に入金され、モナの帳簿上では、原告からの仮受金として経理処理されている。右金員は、同日、神奈川県信用保証協会の保証に係るモナの借入金の返済に充てられている。

オ エで受領した金員のうち二九四〇万六〇〇〇円は、振込依頼人をハリレラインターナショナル株式会社(原告を代表取締役とする別会社、以下「ハリレラ」という。なお、本件不動産には、債務者をハリレラとする三菱銀行の極度額三〇〇〇万円の根抵当権も設定されていた。)、受取人を三菱銀行貸付係として東舞鶴信用金庫から振込送金され、ハリレラの三菱銀行からの借入金の返済に充てられている。

カ エで受領した金員のうち九〇〇万円は横浜信用金庫の原告名義の普通預金口座に入金された後、同日及び翌日に合計八〇〇万円が出金され、モナの横浜信用金庫及び三菱銀行の当座預金口座に入金されるとともに、モナの帳簿上では、原告からの仮受金として経理処理されている。

キ エで受領した金員のうち四〇九一万七〇〇〇円は、三菱銀行のモナの当座預金口座に入金され、モナの帳簿上では、原告からの仮受金として経理処理されており、同日、神奈川県信用保証協会の保証に係るモナの借入金の返済に充てられている。

ク 平成二年四月一三日に受領した代金一二九一万一〇四九円は、横浜信用金庫の原告の普通預金口座に入金された後、同年四月一七日に一二〇〇万円が出金され、モナの横浜信用金庫の当座預金口座に入金されるとともに、モナの帳簿上では、原告からの仮受金として経理処理されている。

ケ 本件不動産の売買代金一億四五六三万五〇〇〇円のうち、右アないしクに掲げた合計額一億三六六一万二一九三円との差額九〇二万二八〇七円は、仲介手数料四五六万一八七〇円、収入印紙代一〇万円、測量費及び登記料等八六万三八三一円、原告が負担する臼井の借入金利息相当額四八万三二八八円、西村ますゑに対する立退き補償金三〇〇万円、東舞鶴信用金庫から横浜信用金庫等に対する振込送金手数料六四八九円等に充てられている。

右の各使途のうち、エ、キは、モナの経理処理上、原告からの仮受金とされているように、モナが原告から借り受けた資金をもって自ら弁済をしており、保証債務の履行に充てられたものではない。また、ア、イ、カ、クについても、同様の経理処理がされており、原告からモナに資金が貸し付けられたものである。さらに、ウのモナの経理処理は明らかでないものの、返済がモナ名義で行われていることからすれば、他の使途と同様に、モナが原告から資金を借り入れて返済をしたとみるべきで、これも保証債務の履行に充てられたものではない。オ、ケは、モナの債務の弁済とは無関係である。

以上のとおり、右アないしケの使途は、いずれもモナの保証債務の履行に充てられていない。

(3) 本件不動産の売買代金を原資にして弁済されたモナ名義の借入金の返済期限は、いずれも本件不動産譲渡時には到来していない。すなわち、右(2)ウ、エ、キの各弁済はいずれも期限前に行われたものであり、それまでに担保権が実行されたという事実も存しない。そうすると、原告は、モナの代表者として、その経営上、資金を捻出するこめに任意に本件不動産を譲渡し、その代金をモナに融通し、これを原資として、モナが期限の利益を放棄して任意に弁済を行ったにすぎないというべきであり、保証債務の履行を余儀なくされて本件不動産の譲渡を行ったものとはいえない。

(4) 求償権の全部又は一部の行使ができないこととなったときとは、求償権の相手方である主たる債務者について事業の閉鎖、著しい債務超過の状態が相当長期間にわたって継続し、事業再起のめどが立たないこと、その他これらに準ずる事態が生じたことによって、求償権の全部又は一部の弁済が受けられないことが客観的に確実になった場合をいう。そして、右弁済が受けられないことが確実になったとはいえないにもかかわらず、求償権を放棄し、その結果として求償権を行使することができないことになったような場合はこれに該当しない。

モナの昭和五七年二月期ないし平成五年二月期の損益計算書は別紙1記載のとおりである。モナは、別紙1の<8>欄のとおり昭和五九年二月期において二二六四万四四二四円の営業損失を計上したものの、以降は営業損失も減少しており、昭和六三年二月期には黒字に転じて四一四万五五五八円の営業利益を計上している。また、別紙1及び2(平成六年二月期から同八年二月期までのモナの損益計算書)によれば、原告が本件不動産を譲渡し、モナの借入金が弁済された後も、モナは従前どおり営業を継続して営業利益を計上している。そして、経常利益についても、ほぼ同様である。なお、モナは、昭和五七年二月期以降、原告に対して、毎年おおむね九〇〇万円以上の役員報酬の支給を続けている。こうしたモナの経営状態からすると、原告からモナに対する求償権の全部又は一部の弁済が受けられなくなったとはいえない。

第三争点に対する判断

一  争点<1>について判断する。

1  所得税法三三条三項にいう譲渡所得の金額の計算上控除すべき「資産の譲渡に要した費用」とは、譲渡のための仲介手数料、登記費用等のように、当該資産の譲渡のために通常必要となる直接の費用を指すものと解すべきである。

2  原告が譲渡費用とてして譲渡所得の金額の計算上控除すべきであると主張する支払利息についてみると、これは、要するに、原告が臼井盛男に金融機関で借入れを起こしてもらってその金員の融通を受け、モナの借入金の返済に充てるなど、これを本件不動産の売買代金を受領するまでのつなぎの資金に用いたという経過があったことから、臼井の金融機関に対する支払利息を原告において負担し支払ったというものである。しかし、右の支払利息の負担は、原告が臼井から資金を借り入れたことによって生じた費用であり、右借入れと本件不動産の譲渡との間に直接の関連はないとみるべきであるから、右借入れに伴う支払利息も、右譲渡のために通常必要となる直接の費用とは認められない。したがって、これを譲渡費用として譲渡所得の金額の計算上控除できないことは明らかである。

3  次に、原告が譲渡費用に該当すると主張する西村ますゑに支払われた立退補償金についてみると、ますゑが本件不動産についていかなる利用権限を有するかが、原告の主張からは明らかでないものの、ますゑが原告の姉であるとの両者の身分関係や原告が本件不動産を父伊蔵から相続により取得したものであることの両者の身分関係や原告が本件不動産を父伊蔵から相続により取得したものであること(乙一、二号証、弁論の全趣旨)、賃料その他使用の対価を原告が受け取っていた旨の主張立証もないことからすると、ますゑは本件不動産を使用借権に基づいて無償で使用していたものと認められる。そこで、土地建物を譲渡する場合において、当該建物の居住者等を立ち退かせるために支払われる立退料が譲渡費用に該当するか否かについて検討すると、借家人は借地借家法上賃借建物の利用権を譲受人にも対抗することができるから、立退料の支払いと引換えに借家人から明渡しを受けたときは、借家権の負担のない建物を譲渡することができ、その分だけ建物の客観的な交換価値も増し、多くの収入を実現することができるという関係に立つといえる。この意味で、借家人を立ち退かせるために相当な対価として支払われた立退料は、原則として、譲渡費用に含まれるといえる。これに対して、当該建物の使用借人については、建物の利用権を譲受人に対抗することができないのであるから、もともと譲渡において使用権の負担は問題とならず、いずれにしても譲受人は建物の完全な所有権を取得することが可能である。そうすると、仮に立退料を支払って使用借人から明渡しを受けたとしても、それに対応して当該建物の客観的な交換価値が増すとは評価し難いから、それは譲渡のために通常必要となる直接の費用には当たらないというべきである。したがって、西村ますゑに支払われた立退補償金を譲渡費用として譲渡所得の金額の計算上控除することはできない。

二  争点<2>について判断する。

1  証拠(甲二ないし八号証、九号証の一ないし四、一〇号証の一、二、一九号証、二六号証、二七号証の一ないし六、二八ないし三〇号証、三一号証の一ないし三、三二ないし三四号証、三六、三七号証、三八号証の一ないし六、三九号証、乙一ないし五号証、六号証の一ないし四号、七号証、八号証の一ないし一二、九ないし四二号証、四三号証の一、二、四四号証、四六ないし五〇号証、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、以下の真実を認めることができる。

(一) モナはインド、東南アジアから民芸品、衣料品、雑貨等を輸入・販売することを主な業務とする株式会社である。原告は、設立当初から、モナの代表取締役を務めており、経営者の地位にあった。原告は、同様の商品を扱う輸入商社ハリレラの代表取締役も兼ねていたが、ハリレラには従業員がおらず、ハリレラが輸入した商品のすべてをモナが買い取っており、ハリレラはそのマージンで収益を上げていた。

(二) モナの売上げは、昭和五七年ころピークとして、以降しばらくは減少を続けていった。右売上げの減少に加えて、不動産の購入資金の金利負担があったこと、回収できない売掛金が生じていたことや、人件費等の経費も増えていたこと、売上げの増大による収益の改善を図ったものの、かえって不良在庫を増やす結果となったことなどの要因が重なり、モナの資金繰り、経営状態は次第に悪化していった。モナの収支計算等は、別紙1及び3(別紙1に、原告において次期繰越損失欄を加えたもの)記載のとおりであり、昭和五七年二月期の決算では、営業損益、経常損益とも赤字が生じており、繰越欠損金二三一七万九一四四円を計上した。以降の事業年度は赤字決算が続き、各年度の赤字分が上乗せされて繰越欠損金も累増しており、昭和六〇年二月期にその額は八五五六万八九七〇円に達した。

(三) 昭和六一年二月期も営業利益は九三四万九三二八円の赤字であったが、同事業年度中に、モナが借りていた事務所の明渡しに際して多額の立退料を受け取った事実があって、営業外収益五三七二万二五七七円を計上したことにより、三八五七万〇〇九四円という多額の経常利益が計上されたため、繰越欠損金は四六九九万八八七六円まで減少した。もっとも、昭和六二年二月期には、営業損益、経常損益とも赤字となり、繰越欠損金も五一〇六万八四二三円に増加した。

(四) 続く昭和六三年二月期ないし平成二年二月期は、毎年度営業利益を計上し、経常損益もわずかながら黒字であったため、繰越欠損金も若干減少していった。もっとも、この間にモナの収益状況が従前よりも改善されたわけではなく、実際には赤字を計上すべき状況にあったが、赤字決算を続けてしまうと金融機関から融資を得るのが困難になると考えられたため、原告は、経理担当者とも相談の上、期末商品棚卸高を水増し計上するなどの方法により、わずかに利益が生じるように決算の体裁を整えていたというのが実情であった。

(五) 原告は、平成元年一一月ころ、モナの毎月の資金繰りを算段してみたが、売上げや借入れなどで調達可能な入金では、必要な経費を賄いきれないことが予想され、翌平成二年五月までの間に資金不足が生じて、金融機関に対する月々の返済ができず、倒産状態に陥ることが懸念された。当時モナは、金融機関から新たな借入れを起こすことが困難な状況にあり、それまでにも、原告は、カードローン等、個人名義で借り入れた金員をモナに貸し付け、不足していた運転資金等に充てるなどして急場をしのいでいた。原告は、モナが資金繰りの窮状から抜け出すためには、金融機関からの多額の借入金(いずれも分割弁済の約定)を一括返済することによって、金利負担を軽減する必要があると考えるようになり、知合いの中小企業診断士のアドハイスもあって、モナに担保提供していた本件不動産の売却を決意し、その代金を返済の原資に充てることにした。

(六) 原告は、本件不動産の売却の仲介等を、舞鶴市内で不動産業を営んでいる親戚の臼井盛男に依頼した。右売却に当たっては、あらかじめ担保権設定登記を抹消することとし、モナの三菱銀行及び横浜信用金庫に対する各債務(後者は神奈川県信用保証協会が信用保証していたもの)等を、売買代金が入金される以前に弁済することになった。その資金は、臼井が東舞鶴信用金庫から借り入れて原告に送金し、これを弁済の資金に充て、売買代金が入金された時点で原告と臼井との間で精算することにした。

(七) 原告は、臼井から、平成二年二月二七日に一五八八万六九〇三円、同年三月二六日に五〇〇万円、同年三月二八日に一二四二万円、同年三月二九日に九〇三九万四二四一円の合計一億二三七〇万一一四四円の送金を受け、その一部を前記第二、二3(二)(2)のアないしキ記載のとおりの使途に充てるなどした。すなわち、平成二年三月二八日に受領した一二四二万円については、モナ名義で振込送金されてモナの国民金融公庫からの借入金の返済に充てられている。同年三月二九日に受領した九〇三九万四二四一円のうち、一一〇七万一二四一円については、モナ名義の預金口座に入金された上、モナの横浜信用金庫からの借入金の返済に、四〇九一万七〇〇〇円については、モナ名義の預金口座に入金された上、モナの三菱銀行からの借入金の返済に、それぞれ充てられている(なお、二九四〇万六〇〇〇円が、ハリレラの三菱銀行からの借入金の返済に充てられている。)。このほか、同年二月二七日に受領した一五八八万六九〇三円については、合計一五〇〇万円がモナ名義の預金口座に入金された上、五〇五万五九三七円がモナの横浜信用金庫からの借入金の返済に、一一三万七七五〇円がモナの三菱銀行からの借入金の返済に、それぞれ充てられている(預金口座から振替出金されている。)。

平成二年三月三〇日には、本件不動産に設定されていた根抵当権設定登記がいずれも同月二九日放棄を原因として抹消された。同年四月四日付けで、原告が安達に対し、本件不動産を一億四五六三万五〇〇〇円で売買する旨の契約書が作成され、同月一〇日付けで、同日売買を原因とする所有権移転登記がされた。臼井は、同年四月一三日、右売買代金から、立替金、仲介手数料等の諸費用を差し引いた一二九一万一〇四九円を原告名義の預金口座に振込送金した。原告は、これについて、前記第二、二、3(二)(2)ク記載のとおりの処理をした。

以上の売買代金と前記第二、二3(二)(2)アないしクの合計一億三六六一万二一九三円との差額は、同ケ記載のとおりの費用に充てられるなどした。

(八) このように、モナは、本件不動産の売買代金を原資とした弁済によって、金融機関に対する借入金のかなりの部分を返済することができたものの、以前として多額のの繰越欠損金を抱えており、原告は、その経営の先行きに不安を抱いていた。原告は、モナが原告に対する求償債務をそのまま計上したとすると、その決算内容が著しく悪化したものになって、金融機関と交渉を行う場合等の障害になりかねないと考えたため、右弁済に伴う求償権を放棄することに決めた。そして、平成二年一二月二五日付けでは求償権一億〇四四二万八二四一円を放棄する旨をモナに書面で通知した。

(九) 平成三年二月期において、モナでは経営実態を反映した決算を行うことにし、右求償権放棄による免除益を計上したほか、過去に行ってきた期末商品棚卸高の水増し計上を改めて実施棚卸しを行うとともに、回収困難な売掛金を一括して貸倒損失として処理した。この結果、期末商品棚卸高が急減して売上原価が膨らみ、別紙1記載のとおり、営業損益として四七三三万六三六七円という多額の赤字が生じた。しかし、右免除益、貸倒損失の処理により、営業外収益として一億〇七一七万九九三四円が、営業外費用として六一二七万五二二四円が、それぞれ計上されたため、経常損益の赤字は一四三万一六五七円にとどまった。さらに、別途積立金一二〇〇万円を取り崩して損失の補填に充てたため、繰越欠損金は別紙3記載のとおり平成二年二月期と比べ一〇〇〇万円余り減少して三八三八万四二八八円となった。

(一〇) 平成四年二月期以降のモナの決算をみると、別紙1、2記載のとおり平成八年二月期までの毎事業年度、営業利益を計上しており、経常損益も平成五年二月期に二八四万〇九九八円の赤字を計上したほかは、いずれも黒字となっている。繰越欠損金も、平成五年二月期には右赤字の計上により増加したものの、そのほかの事業年度においては、いずれも減少しており、平成八年二月期には三〇四四万四八四二円まで減少している(乙五〇号証)。モナは、この間も従来と同様の形態で営業を続けており、売上高は平成四年二月期九九三一万七六七二円、平成五年二月期八三五一万八一四八円、平成六年二月期七九三五万六二八七円、平成七年二月期一億五八五〇万六一九九円、平成八年二月期七三三一万三三八三円と事業年度ごとに多少の変動はあったが、一定の水準を保って推移しており、平成七年二月期と平成八年二月期には法人税を納付した。なお、平成七年二月期の売上高が倍増したのは、モナの取扱商品がテレビ、雑誌で紹介されたことにより注文が殺到するなど一過性のブームによるものであって、翌平成八年二月期の売上高は従前の水準に戻っている。

2  ところで、所得税法六四条二項の文理からも明らかなとおり、本件特例が適用されるためには、保証債務を履行するために資産の譲渡が行われた場合(抵当権を実行された場合を含む。)であって、当該譲渡により生じた収入をもって保証債務を履行したところ、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときに当たることが必要である。

3  原告は、本件不動産の売買代金をもって、モナの借入金合計一億〇四四二万八二四一円を返済したと主張している。原告は、審査請求時に、返済先の内訳として次のとおり主張しており(乙四五号証)、本訴においても、同旨の主張をする趣旨と解される。

<1> 平成二年二月二八日 横浜信用金庫本店 一二〇〇万円

<2> 右同日 三菱銀行横浜支店 三〇〇万円

<3> 右同日 商工組合中央金庫横浜支店 三五万円

<4> 平成二年三月二七日 三菱銀行横浜支店 四九〇万円

<5> 平成二年三月二九日 三菱銀行横浜支店 四〇九一万七〇〇〇円

<6> 右同日 三菱銀行横浜支店 一五〇万円

<7> 右同日 横浜信用金庫本店 一一〇七万一二四一円

<8> 右同日 横浜信用金庫本店 五〇〇万円

<9> 右同日 国民金融公庫横浜支店 一二一九万円

<10> 平成二年三月三〇日 横浜信用金庫本店 一五〇万円

<11> 平成二年四月一七日 横浜信用金庫本店 一二〇〇万円

4  1(七)でみたとおり、本件不動産の売買代金(右売買に先立って臼井から送金された金員を含む。なお、保証債務の履行を借入金で行い、その借入金を返済するために資産の譲渡をした場合も、本件特例に該当すると解されている。)は、第二、二3(二)(2)のアないしケ記載のとおり処理されたり返済に充てられている。そして、右によれば、このうち、合計七〇六〇万一九二八円がモナの借入金の返済に充てられていたことになるが、そのほかは、モナの預金口座に入金された(入金後の具体的な使途までは明らかでない。)か、ハリレラの借入金の返済に充てられたか、仲介手数料等、売却に伴う諸費用の支払に充てられたかのいずれかであって、モナの借入金の返済に充てられたと認めるに足りる証拠はない。かえって、本件不動産の売買代金は一億四五六三万五〇〇〇円であるところ、原告本人の供述によれば、右売買代金のうちの相当額がモナの営業資金、決済資金に充てられていたとういうのであり、しかも、右のとおり、右売買代金からは、ハリレラの借入金の返済、売却に伴う諸費用も賄われていたのであるから、原告の主張するモナの借入金、一億〇四四二万八二四一円全部が右売買代金によって賄われたとはにわかに認め難い。右のとおり、本件不動産の譲渡による収入のうち、モナの保証債務等の履行に充てられたと認めることができるのはせいぜい七〇六〇万一九二八円であるから、本件特例の適用の対象となり得るのも右金額を限度とするというべきである。

5  なお、被告は、本件不動産の売買代金を原資としてモナの借入金が返済されたとしても、モナは、経理処理上、原告からの仮受金として右売買代金を受け入れ、自身の債務とし返済を行っており、原告が保証債務の履行として自ら弁済したわけではないから、本件特例を適用することはできないと主張している。また、モナの借入金の弁済はいずれも期限前に行われたものであり、担保権が実行された事実もなかったから、本件不動産の譲渡は保証債務の履行のためにやむを得ず行われたものではない任意の処分であって、本件特例を適用することはできないとも主張している。しかし、前者の主張についてみると、原告の出捐が貸付け、贈与等、モナに対する新たな資金提供としての内実を持たないのであれば、すなわち、実質的に保証債務を履行したとみることができるのであれば、必ずしも仮受金としての経理処理や弁済が誰の名義で行われたかという形式にかかわりなく、本件特例の適用を論じる余地もあると解される。さらに、後者の主張についてみると、主債務者に資金不足が生じて、近い将来、支払不能に陥るおそれが大きいとすれば、あらかじめ資産の譲渡を行って保証債務の履行等の原資とせざるを得ない場合もあると考えられるから、資産の譲渡や保証債務の履行等が弁済期の到来や担保権の実行よりも前にされたという一事によって、直ちに本件特例の適用を否定することは必ずしも適切ではないというべきである。

6  そこで、これらの点はさておき、進んで、右債務の履行に伴い原告が取得した求償権の全部又は一部が行使できないことになったときに当たるか否かについて検討を加える。ここでいう求償権の行使不能とは、求償権行使の相手方である主債務者が倒産して事業を廃止したこと、著しい債務超過の状態が相当長期にわたって継続し、事業再起のめどが立たないこと、その他これらに準ずる事態が生じたことによって、求償権の全部又は一部の弁済が受けられないことが客観的に確実になった場合をいうと解される。そして、右弁済が受けられないことが確実になったとはいえないにもかかわらず、求償権を放棄し、その結果として求償権を行使することができないことになったような場合はこれに該当しないということができる。

7  本件において、本件不動産の売買代金をもってモナの借入金を返済した平成二年二、三月ころのモナの経営状態をみると、1で認定したように、モナは、昭和五七年二月期以来、多額の繰越欠損金を計上し続けており、資金繰りに難渋していたようすがうかがえ、本件不動産の売買代金による借入金の返済、営業資金の受入れなどがなければ、支払不能となって倒産状態に陥る危険性のあったこともあながち否定はできない。しかし、右売買代金の提供によって、金融機関からの借入金のかなりの部分は返済することができたというのであり、平成三年二月期の決算では、棚卸資産の水増し計上が是正され(不在在庫も実地棚卸しによって適正に評価され)、不良債権についても貸倒損失として処理することで、モナの財務状況を悪化させていた要因のうち、かなりの部分を解消できたものと評価することができる。また、本件不動産の売買、これに伴う借入金の返済の前後を通じて、モナの売買高に顕著な変動はなく、一定の水準(おおむね一億円前後)を保って推移しており、営業内容もそのまま維持されている。以上のような事情を総合考慮すると、当時、モナが利益を上げる可能性は将来にわたってすくなからずあり、モナの営業実績と支払能力に応じ、弁済を猶予して長期の分割払等、その再起を阻害しない方法を採用すれば、原告がモナに対する求償権の回収を図っていくことは可能であったと認められる(ちなみに、原告本人の供述によれば、モナに対する求償権を放棄するに当たり、右のような観点から、モナの営業状態、財務状況を長期的に予測・検討した上で、回収の可否を慎重に判断したようすはうかがえない。)。そうすると、原告が求償権を放棄した時点において、求償権行使の相手方であるモナにつき、倒産による事業の廃止、事業再起のめどが立たないことなどの事情があったと認められないことはもちろん、これらに準ずる事態が生じたことによって、求償権の全部又は一部の弁済が受けられないことが客観的に確実になった場合にも該当しないというべきである。なお、原告が求償権を放棄しなければ、モナは免除益を計上することができず、その分だけ経常損益の赤字が増し、繰越欠損金も膨らむ結果となる。しかし、既にみたモナの営業状態にかんがみると、右のことから直ちにモナの営業の存続が危ぶまれる、あるいは、倒産に至ることが確実であるなどとはいえず、求償権の全部又は一部の弁済が受けられないことが客観的に確実になったともいえない。

以上の認定に反する甲三二ないし三四号証(原告本人の陳情書)、原告本人の供述は、にわかに採用することができない。

8  したがって、本件不動産の売買代金のうち、モナの借入金の弁済に充てられた七〇六〇万一九二八円についても、本件特例の適用はないというべきである。

三  以上のとおり、本件不動産の譲渡に関して、原告主張の支払利息、立退補償金を譲渡所得の金額の計算上、譲渡費用として控除することはできず、また、本件特例の適用もない。この場合の総所得金額、本件不動産の譲渡に係る分離課税の長期譲渡所得金額及び納付すべき所得税額は、被告主張の第二、二1(一)(1)、(2)の計算のとおりとなり、本件更正処分におけるそれは、いずれも右各金額の範囲内であるから、本件更正処分は適法である。また、本件更正処分によって新たに納付すべきことになった税額を基に国税通則法所定の計算に沿って算定された過少申告加算税額は、被告主張の第二、二1(一)(4)の計算のとおりとなり、本件賦課決定処分は右税額を賦課したものであるから適法である。

四  ところで、原告は、本訴において、本件更正処分の全部の取消しを求めている。しかし、原告は、確定申告及び修正申告をもって申告額に係る納税義務を自ら確定させている。このような場合の申告額が過大であることの是正は、税法上、専ら更正の請求の方法によって行うことが予定されており、更正の請求の方法によることなく、申告額を超えない部分の納税義務を争うことは許されないと解される。したがって、増額更正処分の取消しを求める場合において、申告額を超えない部分の取消しを求める訴えについては、訴えの利益がなく不適法というべきである。よって、原告の訴えのうち、本件更正処分のうちの申告額(総所得金額八八九万三〇〇〇円、分離課税の長期譲渡所得金額二四二九万七八五一円、納付すべき税額五一〇万九五〇〇円)を超えない部分の取消しを求める訴えについては却下し、その余の請求は理由がないので棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 吉田徹 裁判官 近藤裕之)

別表

本件課税処分等の経緯

<省略>

別紙1

(株)モナの損益計算書(昭和57年2月期から平成5年2月期まで)

<省略>

別紙2

(株)モナの損益計算書

(平成6年2月期から平成8年2月期まで)

<省略>

別紙3

(株)モナの損益計算書(昭和57年2月期から平成5年2月期まで)

<省略>

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